小説「SaaSの死 – AIエージェントカンパニー」第15章 流れ ー データの複利

十月の経営会議。大型モニターには、羽田物流ホールディングスの四半期実績が映し出されていた。売上高は前年同期を上回っている。営業利益も増えている。AIエージェントによる業務自動化はさらに進み、本社部門の処理件数は減り続けていた。悪い数字ではなかった。しかし雨宮は、グラフを見たまま腕を組んでいた。

「営業利益率、止まりましたね」

真田が画面を見る。

「止まった?」

「三四半期ほとんど変わってません。間接費は下がっています。でも、その効果が一巡してきています」

杉崎も数字を見た。確かにそうだった。SaaSを整理した。APIでつないだ。人をシステムの配線から外した。AIエージェントが請求、照合、受注、配車、債権管理、問い合わせ対応まで行うようになった。本社の生産性は数年前とは比較にならない。それでも、売上高営業利益率はあるところまで来ると動かなくなっていた。

真田が森下を見る。

「AI、もう限界なの?」

森下は少し考えた。

「違うと思います」

「じゃあ何?」

森下はノートPCを閉じた。

「今までAIに、仕事をさせていただけなんです」

真田が眉を寄せる。

「十分じゃない?」

「十分じゃないと思います。AIが仕事をすると、人件費は下がります。処理時間も短くなる。ミスも減る。でも、それだけなら改善には限界があります」

森下は立ち上がり、ホワイトボードの前に行った。

「一件目の仕事をしたときと、一万件目の仕事をしたときで、会社の能力が同じなら、AIは単なる省力化装置です」

杉崎が聞いた。

「じゃあ、何が違えばいい?」

森下は答えた。

「一万件仕事をした会社の方が、一件しか仕事をしていない会社より賢くなっていることです」

会議室が静かになった。

佐藤が椅子の背にもたれた。

「面白くなってきたな」

*

午後、森下は杉崎を物流統括部の会議室へ呼んだ。ホワイトボードには、一台のトラックが描かれていた。

「これ、一件の配送です」

森下はその周囲に文字を書いていった。受注日時。荷主。商品。重量。容積。出荷場所。納品場所。希望納品時間。契約運賃。提示運賃。車種。ドライバー。積載率。走行距離。高速料金。燃料消費量。天候。道路状況。出発時刻。到着時刻。待機時間。荷役時間。空車距離。遅延。事故。クレーム。再配達。協力会社。実際原価。実際粗利。

杉崎が笑った。

「ずいぶんあるな」

「これでも一部です」

「全部持ってるの?」

「だいたいあります」

「だいたい?」

「システムごとに、です。受注はCRM。配車は運行管理。請求はERP。位置情報は車載器。整備は車両管理。倉庫はWMS。天候や道路は外部データ。待機時間は別のログです」

「つまり、またバラバラ?」

「以前ほどじゃないです。AIエージェントは読めます。でも、個別には使っていても、流れとして使ってない」

杉崎がホワイトボードを見る。

「流れ?」

「一つの仕事が、どんな条件で始まって、途中で何が起きて、どんな判断をして、最後にいくら儲かったのか。その一連の結果を、次の仕事に全部戻せていないんです」

杉崎は黙った。システムにはデータがあった。ダッシュボードもあった。AIも読んでいた。しかし、森下が言っていることは少し違った。データが存在することと、会社が学習していることは同じではない。

「つまり?」

「物流会社って、毎日ものすごい量の教材を作ってるんですよ」

「教材?」

「仕事そのものが」

森下は笑った。

「でも、ほとんど読み返してない」

*

その問いに答えるように、大型案件が持ち込まれたのは二週間後だった。東洋冷食。全国に冷凍食品を展開する大手メーカーである。年間輸送額は二十億円を超える可能性がある。羽田物流にとっては久しぶりの大型新規案件だった。

ただし条件が厳しかった。

「現行の委託先から八%下げてほしいそうです」

営業本部の水沢が説明した。

雨宮がすぐに聞いた。

「その価格で利益出る?」

杉崎が画面を開いた。採算シミュレーションはすでに終わっていた。

《受注非推奨》

年間売上見込、二十二億四千万円。想定粗利率、六・二%。羽田物流が設定していた最低基準を下回っている。

水沢が腕を組んだ。

「取りたいんですけどね」

雨宮は首を振った。

「昔の羽田物流なら取ってましたね」

「でしょうね」

「売上二十二億って言われたら」

真田が苦笑した。かつての会社なら、規模だけを見て受注していた。そして売上が増えた後で利益が残っていないことに気づいた。その失敗を何度も繰り返した。

「じゃあ断る?」

真田が聞いた。

杉崎が答えようとしたとき、森下が手を上げた。

「少し待ってもらえますか」

「何?」

「別のモデルだと、受注推奨になってます」

雨宮が顔を上げた。

「別のモデル?」

森下がモニターへ画面を映した。

《Network Intelligence》

試験運用中と表示されている。その下に、

《条件付き受注を推奨》

と出ていた。

雨宮が眉を寄せる。

「同じ会社のAI同士で意見割れてるじゃない」

「見ている範囲が違います」

森下が説明を始めた。従来の採算モデルは、東洋冷食という顧客単体を評価している。契約運賃、運行原価、車両費、外注費、倉庫費、人件費。それを積み上げれば粗利率六・二%である。しかしNetwork Intelligenceは、羽田物流の輸送ネットワーク全体を見ていた。

東京から仙台へ向かう車両には荷物がある。しかし、仙台から東京へ戻る車両の一部は空いている。関西から中部。北関東から首都圏。北海道から東北。いくつものレーンに、片道だけ需要が強く、復路が弱い区間が存在していた。東洋冷食の荷動きをそこへ組み合わせる。空車距離が減る。既存顧客の荷物と混載できる。曜日ごとの輸送量が安定する。一定量を協力会社へ継続発注できるため、調達単価も下げられる。倉庫の荷量予測も精度が上がる。

結果としてNetwork Intelligenceが出した数字は違っていた。

《ネットワーク全体への粗利益増加見込 年間3億1,000万円》

会議室が静かになった。

水沢が言った。

「顧客単体では儲からない。でも、全体では儲かる?」

「可能性があります」

「可能性?」

雨宮が聞き返した。

森下は頷いた。

「予測です」

真田が言った。

「じゃあ取ろう」

「待て」

佐藤だった。

真田を見る。

「何?」

「前に何を学んだ?」

真田が嫌そうな顔をする。

「また始まった」

佐藤は笑わなかった。

「三年後に価値が出ます。将来シナジーがあります。そう言えば、何でも残せるって話しただろ」

杉崎は第十四章の議論を思い出した。城戸ファンドとの攻防。未来への投資。オプション価値。そして、未来という言葉を経営の逃げ道にしてはいけないという話。

「今回は“データが価値になります”って言えば、赤字案件をいくらでも取れるぞ」

佐藤が言った。

森下は黙った。

「AIが言ったから正しい、でもない。データが増えるから正しい、でもない」

真田が聞いた。

「じゃあどうする?」

佐藤は資料を閉じた。

「測ればいい」

*

東洋冷食との契約は、最初から一年契約にはしなかった。六か月。対象地域も限定した。羽田物流は、この案件によって何が変化するかを事前に定義した。復路積載率。空車走行距離。協力会社調達単価。倉庫待機時間。需要予測精度。車両稼働率。既存顧客との共同配送率。そして、ネットワーク全体の粗利益。

「データにもROICを見るのか」

真田が言った。

雨宮が笑った。

「それ、いいですね」

杉崎も笑った。

「城戸さんが喜びそうです」

*

三か月後。最初に変化したのは、東北方面だった。

月曜日の午前六時十八分。運行管理エージェントが、翌週火曜日の仙台方面の輸送需要が通常より十七%増えると予測した。原因は、東洋冷食と既存三顧客の出荷データ、天候予測、小売店の販売傾向、過去の祝日前後の荷量だった。これまでなら二日前になってから車両不足に気づき、割高なスポット車両を手配していた。今回は一週間前に協力会社へ予約した。調達単価は十一%下がった。

翌週、Network Intelligenceは、埼玉物流センターの火曜日午後だけ待機時間が異常に長いことを検知した。原因は物量ではなかった。三つの顧客の納品時間帯が重なっていた。予約枠を十五分ずつずらした。平均待機時間が四十二分から二十六分になった。

その次の週、一台の大型車両に通常とは異なる振動データが出た。故障予測エージェントが整備を推奨した。工場で確認すると、ハブベアリングに異常が見つかった。走行中の故障は回避された。

さらに翌月、東洋冷食の注文データから、ある商品の荷動きが木曜日の夕方から急増していることをAIが発見した。理由を調べると、複数の量販店が金曜日から週末セールを始めていた。倉庫のシフトを木曜午後へ前倒しした。残業が減った。

小さな改善だった。一つ一つを見れば、経営を変えるほどの話ではない。しかし、それが毎日積み重なった。予測が少し良くなる。車両の手配が少し早くなる。待機が少し減る。空車が少し減る。燃料が少し減る。故障が少し減る。顧客への提案が少し早くなる。そして、その結果がまたデータとして残る。

三か月目の経営会議。雨宮が数字を映した。

「東洋冷食単体の粗利率は六・五%です」

水沢が苦笑した。

「やっぱり低い」

「でも」

画面が切り替わった。

「対象ネットワーク全体の粗利益は、前年同期比で九・八%増えています」

真田が顔を上げた。

復路積載率は上昇。空車距離は減少。協力会社単価は低下。待機時間も減少。そして何より、需要予測の誤差率が改善していた。

森下が言った。

「モデルが学習し始めています」

杉崎が聞いた。

「東洋冷食のデータから?」

「それだけじゃありません。新しい仕事の結果を全部戻してます」

「全部?」

「予測が当たったか。外れたか。どの配車が良かったか。どの価格なら受注できたか。どの組み合わせが利益を生んだか。全部です」

佐藤が聞いた。

「で、何が起きる?」

森下はホワイトボードへ向かい、一本の循環を書いた。

仕事 → データ → AI → 予測 → 判断 → 実行 → 結果 → データ

杉崎は図を見た。

「終わらないな」

「はい」

森下はその横に、予測精度↑、積載率↑、空車率↓、待機時間↓、調達単価↓、故障率↓、粗利益↑と書き、さらに**受注↑ → データ↑**と加えた。

真田が、しばらくその図を見ていた。

「……複利か」

森下が振り返った。

「そうです」

ホワイトボードの中央に大きく書いた。

データの複利

誰もすぐには話さなかった。

杉崎は、その言葉を頭の中で何度か繰り返した。複利。利益が利益を生み、その利益がまた次の利益を生む。同じように、データがより良い判断を生み、その結果が新しいデータを生み、次の判断をさらに良くする。

仕事をするほど、会社が少し賢くなる。会社が賢くなるほど、仕事の利益率が少し上がる。利益率が上がれば、より多くの仕事を取れる。仕事が増えれば、さらにデータが増える。その循環が続く。

AIエージェントが千件仕事をすることより、千件目の仕事が一件目より良くなっていることの方が重要なのかもしれない。

*

問題は、その直後に出てきた。

営業会議で、水沢が言った。

「これ、他社のデータも全部混ぜれば、もっと精度上がりますよね」

森下が頷いた。

「技術的には」

「東洋冷食の需要と、北海食品の需要と、高波フーズの需要を一緒に学習させればいいじゃないですか」

「待ってください」

法務部長が止めた。

「それ、何に使うんですか」

「需要予測です」

「誰のための?」

水沢が黙った。

「東洋冷食から預かったデータを、他社向けのサービス改善に使っていいんですか」

「匿名化すれば」

「契約上、それでいいかは別です」

会議室が静かになった。

顧客の注文。在庫。売れ筋。価格。物流量。配送先。これらは単なる数字ではない。企業活動そのものだった。組み合わせれば強力な予測ができる。だからこそ、扱いを間違えれば危険だった。

杉崎が言った。

「AIの権限を決めたときと同じですね」

森下が杉崎を見る。

「今度はデータの権限?」

「そう」

誰のデータなのか。何の目的で預かったのか。何に使ってよいのか。AIの学習へ使ってよいのか。集計結果を他社へ使ってよいのか。顧客へ還元する価値は何なのか。

第十三章では、AIに何をさせるかを決めた。

今度は、データにどこまで働いてもらうかを決めなければならなかった。

*

翌月、羽田物流は「Data SLA」と呼ぶ新しい社内基準を作った。これまでデータについて議論するときは、「あるか、ないか」が中心だった。今度は違った。

そのデータは正しいか。欠損していないか。何分以内に入ってくるか。誰が作ったデータか分かるか。どのシステムが正式情報なのか。何の目的まで使用できるか。AIによる分析や学習に使ってよいか。そして、明日も来月も継続的に入ってくるのか。

森下が言った。

「AIの性能って、モデルだけじゃ決まらないですね」

杉崎が笑う。

「今さら?」

「いや、本当の意味で。同じAIでも、三日前の不完全なデータを渡す会社と、五分前の正しいデータを渡す会社では、別物になります」

杉崎は頷いた。

「AIエージェントの次は、データ基盤か」

「データ基盤というより、データの流れです」

そこにあるだけでは足りない。流れ続けなければならない。SaaSはSystem of Recordとして事実を持つ。AIエージェントはその事実を使って仕事をする。そして仕事の結果が、再びSystem of Recordへ戻る。その流れが途切れないことで、AIが学習し、次の判断が変わる。

杉崎は、第十三章で佐藤が書いた言葉を思い出した。

SaaS――事実。

AI――考える。

人間――目的。

そこへもう一つ加えるなら、

データ――流れる。

*

数週間後、経営会議で別の議論が起きた。

「これ、データ自体を売れませんか?」

事業開発部長だった。

「荷量データ、運賃データ、待機時間データ、道路データ。かなり価値あるでしょう」

雨宮が聞いた。

「誰に?」

「メーカーとか、小売とか。自治体もあるかもしれません」

真田は黙っていた。

水沢が言う。

「需要予測なんて欲しい会社いっぱいあると思います」

森下も頷いた。

「あります」

「じゃあ売れば?」

「生データは売らない方がいいと思います」

森下が答えた。

「なぜ?」

「データそのものより、そこから何を出せるかの方が価値があるからです」

杉崎が続けた。

「それに、生データを売ると顧客との信頼を壊す可能性がある」

真田が聞いた。

「じゃあ、何を売る?」

杉崎は少し考えた。

「予測じゃないでしょうか」

「予測?」

「来週、どの地域で物流が詰まるか。どれくらい荷量が増えるか。在庫をどこへ置くべきか。配送頻度をどう変えるべきか」

森下が続けた。

「物流コストのシミュレーションもできます。倉庫を一つ減らしたらどうなるか。配送センターを移したらどうなるか。燃料価格が二割上がったらどうなるか」

雨宮が言った。

「つまり、データを売るんじゃない」

「はい」

杉崎が答えた。

「データから生まれた意思決定を売る」

真田は椅子にもたれた。

「それ、物流会社なの?」

誰も答えなかった。

*

森下が次に見せたものは、日本地図だった。画面上に羽田物流の物流センター、主要顧客、車両、協力会社、主要輸送レーンが表示されていた。線の太さが絶えず変わっている。

「何これ?」

真田が聞いた。

「物流ネットワークのデジタルツインです」

現在の荷量。翌週の予測荷量。道路混雑。天候。車両配置。倉庫能力。ドライバー配置。燃料価格。協力会社の空き。それらが一つの画面に重ねられていた。

森下が入力する。

《明日、東海地方を大型台風が通過した場合》

数秒後、複数の輸送レーンが赤く変わった。代替ルート。追加費用。遅延予測。必要車両。影響顧客。AIが次々と表示する。

続けて入力した。

《北海道の出荷量が20%増加した場合》

ネットワークが組み替わる。

《燃料価格が15%上昇した場合》

推奨配送ルートと共同配送候補が変わる。

《横浜物流センターを閉鎖した場合》

在庫位置、輸送距離、必要車両、人員、年間コストが再計算された。

水沢が画面を見たまま言った。

「ゲームみたいですね」

佐藤が笑った。

「経営なんて、昔から条件の悪いゲームみたいなもんだ」

真田は地図を見ていた。

「これ、未来が見えるってこと?」

森下は首を振った。

「未来が分かるわけじゃありません」

「じゃあ何?」

「未来を試せます」

杉崎は、その言葉が気に入った。

未来を当てるのではない。起こり得る未来を何度も試し、そのとき何をするかを事前に考える。

AIエージェントが現在の仕事を動かすものだとすれば、これは未来の仕事を設計するものだった。

*

その日の経営会議の最後、真田が唐突に聞いた。

「うちって、何の会社なんだ?」

水沢が笑った。

「物流会社でしょう」

「何を売ってる?」

「輸送です」

「本当に?」

水沢の笑顔が消えた。

真田はモニターを見る。そこには全国の荷物の流れが表示されていた。

杉崎も画面を見た。

羽田物流は、荷物を運んでいる。しかし、それだけではなかった。いつ、どこから、どこへ、何が動くのかを知っている。どこで滞留するのかを知っている。どの車両が空いているのかを知っている。どの荷物とどの荷物を組み合わせればよいかを知っている。どの顧客の需要が増え始めているのかを知っている。どのルートが利益を生み、どのルートが利益を失っているのかを知っている。そして、その知識は毎日更新されている。

杉崎が言った。

「流れを扱ってる会社なんじゃないでしょうか」

真田が杉崎を見る。

「流れ?」

「荷物の流れ。それと、データの流れです」

佐藤が言った。

「金の流れもな」

雨宮が笑った。

「そこは大事です」

真田も笑った。

しかし、杉崎はもう一度画面を見た。物流という言葉には、もともと流れという意味がある。モノを流す。その仕事をすることで、データが流れる。データがAIへ流れる。AIの判断が現場へ戻る。結果がまたデータになる。そして、その流れが会社の利益を少しずつ変えていく。

羽田物流が扱っているものは、いつの間にか荷物だけではなくなっていた。

*

その夜、杉崎は自宅でノートを開いた。最後のページには、これまでの言葉が並んでいた。

採算を切る。
間接費を削る。
時間を買う。
戻さない。
人を配線にしない。
作業を渡す。責任は渡さない。
値段と価値を、混同しない。

杉崎はその下に、新しい一行を書いた。

データを貯めるな。流れをつくれ。

しばらく、その文字を見ていた。

会社には大量のデータがある。顧客データ。販売データ。契約データ。会計データ。物流データ。人事データ。だから価値があるわけではない。十年前の配送データをサーバーの中に置いているだけでは、何も生まれない。

今日の仕事からデータが生まれる。AIが読む。予測する。判断が変わる。実行する。結果が出る。その結果がまたデータになる。AIがもう一度読む。次の仕事が少し良くなる。仕事が増える。データが増える。会社がまた少し賢くなる。

杉崎は気づいた。

資産とは、データそのものではないのかもしれない。

価値を生み続ける流れこそが、資産なのだ。

AIエージェントが仕事をする会社。それだけでは、まだ十分ではなかった。

強いAIエージェントカンパニーとは、AIをたくさん使っている会社ではない。仕事をするたびに、昨日より少しだけ賢くなる会社である。

杉崎はノートを閉じた。窓の外では、首都高速を無数のトラックが流れていた。赤いテールランプが、途切れることなく夜の東京を横切っている。

羽田物流が運んでいたのは、荷物だけではなかった。

毎日、何万件もの仕事の中を、もう一つの流れが走っていた。その流れは目には見えない。しかし、それが止まらない限り、この会社は昨日より少しだけ賢くなる。

そして、その小さな差が積み重なった先に、まだ誰も値札をつけていない価値が生まれていくのである。