小説「SaaSの死 – AIエージェントカンパニー」 第19章 何を売る会社か

日本物流レジリエンス・ツインの実証が始まって半年後、羽田物流にこれまでとは少し違う相談が持ち込まれた。

相手は、国内大手の食品メーカーだった。

全国に六つの工場。十二の物流拠点。数百の量販店と外食チェーンへ商品を供給している。売上高は一兆円を超える。物流費は年間四百億円近い。

最初に相談を持ち込んできたのは、その会社の物流部門ではなかった。

経営企画だった。

「物流費を、三年で二十%下げたいんです」

会議室で、相手側の常務が言った。

水沢が聞く。

「運賃の見直しですか?」

「それだけでは無理だと思っています」

「倉庫統廃合?」

「それも含めてです」

相手側の担当者が資料を開いた。

全国の工場。

物流センター。

外部倉庫。

主要販売先。

輸送ルート。

在庫。

商品別の出荷量。

杉崎は資料を見ながら聞いた。

「どこまで見直すつもりですか?」

常務は少し考えた。

「分からないんです」

「分からない?」

「だから御社に相談しています」

水沢が杉崎を見る。

少し前までなら、物流会社へ依頼する内容ではなかった。

物流会社に求められるのは、運賃、倉庫費、配車、共同配送、物流センター運営だった。

しかし相手が求めているのは、それより上流だった。

常務が言った。

「物流部門からは、もうかなり改善していると言われています」

「それでも二十%?」

「はい」

「かなり厳しいですね」

「分かっています」

少し間を置いて、常務は続けた。

「なので、物流の中だけを見ていても無理なんじゃないかと思っています」

杉崎は、その言葉に反応した。

「物流の外を見る?」

「御社なら、そこまで見られるんじゃないですか」

翌週。

羽田物流側で緊急の検討会議が開かれた。

真田、杉崎、佐藤、雨宮、水沢、森下。

相手企業から受領したデータが画面に並んでいる。

工場。

倉庫。

店舗。

在庫。

商品。

輸送。

販売。

発注。

生産。

水沢が言った。

「これ、物流案件ですよね?」

雨宮が答える。

「相手は物流費二十%削減って言ってます」

「でも、製造データまで来てる」

森下が言う。

「販売実績もあります」

「商品寸法まで」

佐藤が笑った。

「もう全部見ろってことだな」

真田が腕を組む。

「で、見られるの?」

森下が答える。

「技術的には、かなり」

第17章で作った倉庫3D設計。

第18章で作った日本物流ネットワーク。

第15章から蓄積してきた需要予測、輸送、在庫、コストの学習データ。

それらを一つに組み合わせる。

対象企業の工場と倉庫を3D化する。

主要配送先を配置する。

商品ごとの容積、重量、需要変動を入れる。

生産計画を入れる。

在庫を入れる。

輸送費を入れる。

そして、Astra級AIに複数の条件を試させる。

「できると思います」

森下が言った。

真田が聞く。

「何を?」

「物流を最適化するんじゃなくて」

一拍置く。

「この会社のモノの流れそのものを、作り直す」

会議室が静かになった。

プロジェクトは、三か月の診断から始まった。

羽田物流側は、顧客の工場、倉庫、輸送、在庫、販売を一つのデジタルツインへ統合した。

最初に見えたのは、物流の非効率ではなかった。

在庫だった。

ある商品は、西日本で販売が落ちているにもかかわらず、毎月同じ数量が工場から出荷されている。

なぜか。

生産計画が月単位だからである。

別の商品は、関東で需要が急増するたびに、関西の倉庫から緊急輸送している。

なぜか。

在庫配置が過去三年の平均需要で固定されているからである。

さらに、十二ある物流拠点のうち二つは、立地上の合理性がほとんどなくなっていた。

しかし、過去のM&Aで引き継いだ施設だったため、そのまま使われ続けていた。

水沢がモデルを見ながら言った。

「これ、運賃下げても意味ないですね」

「はい」

森下が答える。

「運ぶ前に、もう無駄ができています」

杉崎はその言葉を覚えておいた。

運ぶ前に、無駄ができている。

物流会社は、その無駄ができた後に呼ばれてきた。

どこからどこへ運ぶかが決まった後。

倉庫が決まった後。

商品サイズが決まった後。

生産ロットが決まった後。

その条件の中で、もっと安く運べと言われる。

しかし、その条件自体を変えれば、物流費の桁が変わる可能性がある。

最初のAI提案が出たのは、プロジェクト開始から四週間後だった。

《物流拠点を十二拠点から九拠点へ再編することを推奨》

水沢が画面を見る。

「三つ閉めろってこと?」

「そうです」

顧客側の物流部長は明らかに表情を変えた。

「簡単に言いますね」

森下が答える。

「簡単ではないです」

AIは続ける。

《対象商品群の包装容積を平均6.8%削減した場合、年間輸送回数を8.9%削減可能》

物流部長が眉を寄せる。

「包装?」

顧客側の商品開発担当者もいた。

「それ、うちの領域ですよね」

杉崎が答えた。

「そうです」

「物流会社からパッケージを変えろって言われるとは思いませんでした」

さらに提案が出る。

《製造ロットの変更により、関東圏在庫を14.2%削減可能》

《店舗納品頻度の再設計により、夜間共同配送比率を31%まで引き上げ可能》

《返品発生率の高い商品群について、生産・在庫・販売計画の連携を推奨》

会議室の空気が変わった。

もう物流の話ではなくなっていた。

製造。

商品設計。

販売。

在庫。

SCM。

そこまで踏み込まなければ、物流費二十%削減は達成できない。

顧客側の常務が聞いた。

「これ、全部やったら本当に二十%下がるんですか?」

森下は即答しなかった。

「可能性はあります」

「可能性?」

「全部、仮説です」

杉崎が続ける。

「なので、全部一気にはやりません」

第14章以来、羽田物流は未来を理由に投資を正当化しない。

第15章では、データ価値も測った。

第16章では、AI推定と人間が保証すべきものを分けた。

ここでも同じだった。

仮説。

実証。

計測。

改善。

「三つに分けましょう」

杉崎が言った。

「物流拠点再編。包装・商品設計。生産・在庫連携。それぞれ別に効果を測る」

顧客側の常務が頷いた。

プロジェクト開始から六か月。

最初に実行されたのは、物流センターの統廃合だった。

十二拠点のうち一拠点を閉鎖し、別の一拠点は在庫保管中心からクロスドック型へ変更する。

AIは候補地を出した。

デジタルツインで三十通り以上のパターンを試す。

物流費。

在庫。

リードタイム。

災害リスク。

人員。

土地賃料。

トラック確保。

CO2。

すべてを同時に見る。

しかし、最終案を見たとき、顧客側の現場責任者が反対した。

「この拠点を閉めると、繁忙期に詰まります」

AI上では問題がない。

森下が聞く。

「どこが?」

「年末だけ、冷蔵品が一気に増える」

「データには入ってます」

「量じゃなくて、時間帯です」

また現場だった。

モデルには年末需要は入っている。

しかし、商品が集中する時間帯の荷役特性までは十分に反映されていなかった。

羽田物流はモデルを修正した。

第17章と同じだった。

現実は、モデルの通りには動かない。

そして、現場の例外を入れるほどモデルは賢くなる。

次に包装設計へ踏み込んだ。

対象になったのは、年間出荷量の多い冷凍食品だった。

商品自体は変えない。

箱の寸法を少し変える。

緩衝材の配置を変える。

段ボール強度を再計算する。

それだけで、一台のトラックに積めるケース数が増える。

森下が3Dモデルを映した。

現行。

改善案A。

改善案B。

改善案C。

パレット。

トラック荷室。

倉庫ラック。

ロボットアーム。

すべての制約を入れて試す。

商品開発部長が言った。

「物流のために商品を変えるのは抵抗ありますね」

杉崎が答えた。

「商品そのものではなく、空間効率を変えています」

「同じじゃないですか」

佐藤が口を挟んだ。

「売り場だけ見て商品を作るか、工場から店まで全部見て作るかの違いじゃないですか」

商品開発部長は黙った。

最終的に、箱の容積は5.4%削減された。

見た目はほとんど変わらない。

しかし、年間輸送回数は約六%減った。

倉庫の保管効率も上がった。

「こんなところに物流費あったんですね」

顧客側の常務が言った。

水沢が答える。

「物流費って、運賃表の中だけにあるわけじゃないんです」

杉崎は、その言葉も覚えておいた。

一年後。

顧客企業の物流費は、当初比で十五・八%下がった。

まだ二十%には届かない。

しかし在庫金額は十八%減った。

物流センター関連の固定費も減った。

欠品率は悪化していない。

納品リードタイムもほぼ維持された。

さらに、削減された在庫と施設投資を含めれば、顧客企業のキャッシュフロー改善額は物流費削減額を大きく上回っていた。

雨宮が言った。

「これ、報酬体系おかしくないですか?」

真田が聞く。

「何が?」

「うちは月額のコンサルフィーとシステム利用料しかもらってません」

「契約だから」

「生み出した価値、年間で百億近いですよ」

水沢が笑う。

「急に城戸さんみたいになりましたね」

雨宮は笑わなかった。

「本気です」

真田が腕を組んだ。

「じゃあ、どうする?」

雨宮が答える。

「成果報酬」

杉崎が聞く。

「物流費削減の何%?」

「物流費だけじゃないです」

在庫削減。

設備投資回避。

倉庫費削減。

輸送費削減。

リードタイム短縮。

キャッシュコンバージョンサイクル改善。

AIとデジタルツインによって生まれた経済価値全体の一部を報酬として受け取る。

佐藤が言った。

「とうとう運賃じゃなくなるな」

その日の経営会議。

議題は、新事業だった。

資料のタイトルには、

Logistics Space Design

と書かれている。

真田が聞いた。

「この名前、本当にこれで行く?」

「仮です」

杉崎が答える。

「何をする会社?」

水沢が聞く。

杉崎は少し考えた。

「顧客の物流空間を設計する」

「物流空間?」

「工場、倉庫、店舗、在庫、車両、人、ロボット、道路。モノが存在して、動く空間全部です」

森下が補足する。

「3Dとデジタルツインでモデル化して、AIで最適化する」

雨宮が言う。

「成果報酬も入れる」

相沢が聞いた。

「誰がやるんです?」

全員が少し黙った。

これは重要だった。

AIだけではできない。

物流だけでもできない。

SCM。

製造。

建築。

ロボティクス。

データ。

ファイナンス。

法務。

現場。

複数の専門性が必要になる。

杉崎が言った。

「新しい職種が必要ですね」

佐藤が笑った。

「また人増やすの?」

相沢が答える。

「人を増やすんじゃなくて、役割を作るんです」

第17章で生まれたオペレーションデザイナー。

その役割が、今度は顧客企業の外へ広がる。

物流空間デザイナー。

AIと一緒に、現実の物流を設計する人間。

真田が聞いた。

「これって、コンサル会社?」

杉崎が首を振る。

「違うと思います」

「システム会社?」

「それも違う」

「物流会社?」

杉崎は少し黙った。

答えが出なかった。

新事業の発表後、社内から最も強い反応が出たのは、現場だった。

「トラックを持たない仕事を増やして、物流会社と言えるんですか」

ある支店長が聞いた。

「AIコンサルになりたいんですか」

別の社員。

「現場を知らない人間が会社の中心になるんじゃないですか」

経営陣は社員説明会を開いた。

真田が壇上に立つ。

「運送をやめるつもりはありません」

会場を見る。

「倉庫もやめない。現場もなくさない」

社員の一人が聞く。

「じゃあ、なんでこんな事業やるんですか」

真田は少し考えた。

「現場があるからです」

「どういう意味ですか?」

「うちは本当に運んでる。本当に倉庫を動かしてる。本当に失敗してる。本当に事故寸前も経験してる」

会場が静かになる。

「だからAIの言ってることが正しいか分かる」

真田は続けた。

「現場を持ってない会社が作る物流モデルと、毎日荷物を動かしてる会社が作る物流モデル。同じだと思いますか?」

誰も答えない。

「実業を捨てるんじゃない。実業を、知性に変えるんです」

杉崎は、その言葉を聞いていた。

第15章のデータの複利。

仕事をする。

データが生まれる。

AIが学ぶ。

設計が良くなる。

設計したものを現場で実行する。

またデータが生まれる。

輸送事業と物流空間設計事業は、別々の事業ではない。

循環している。

設計 → 実行 → データ → 学習 → 再設計

その循環そのものが、羽田物流の競争力になろうとしていた。

新事業の最初の一年。

案件は想定以上に増えた。

メーカー。

小売。

医薬品。

自動車部品。

EC。

自治体。

依頼内容はさまざまだった。

物流センターをどこに置くべきか。

倉庫を買うべきか、借りるべきか。

自動化投資はいくらまでなら回収できるか。

包装を変えればどれだけ物流費が下がるか。

工場配置を変えると物流はどう変わるか。

災害リスクを含めると、どの地域が最適なのか。

どこまでロボット化すべきか。

羽田物流は、答えを一つ出すのではなく、複数の未来を顧客へ見せた。

最安案。

最短リードタイム案。

最小在庫案。

BCP重視案。

CO2重視案。

人員制約案。

それぞれの未来に、数字が付いている。

顧客が選ぶ。

そして、選んだ未来を羽田物流が一緒に実行する。

第18章で国と行ったことを、今度は企業へ提供していた。

未来を当てるのではない。

選択肢を増やす。

ある日の経営会議。

雨宮が売上構成を映した。

物流空間設計事業の売上は、まだ全社の一割にも満たない。

しかし粗利益率は高い。

さらに、その事業から既存の倉庫運営や輸送契約へつながる案件も増えている。

水沢が言った。

「設計して、自分で運ぶ」

森下が続ける。

「運んで、データを取る」

雨宮が言う。

「データからまた設計する」

真田が笑った。

「永久機関みたいだな」

佐藤が首を振る。

「永久機関じゃない。失敗するから」

「夢ないですね」

「失敗データも入るから、複利になるんだよ」

会議室に笑いが起きた。

真田は画面を見る。

「でもさ」

全員が見る。

「うち、何を売ってる会社なんだ?」

誰もすぐには答えなかった。

輸送。

倉庫。

AI。

データ。

システム。

コンサルティング。

設計。

どれも正しい。

しかし、どれも十分ではない。

水沢が言った。

「物流会社でしょう」

真田が聞く。

「物流って何?」

水沢が黙った。

少し前なら簡単だった。

荷物を運ぶこと。

しかし今、羽田物流は荷物を運ぶ前に、荷物がどう動くべきかを設計している。

時には、運ばないことを提案する。

倉庫をなくす。

在庫を減らす。

包装を小さくする。

生産ロットを変える。

輸送そのものを減らす。

運送会社として考えれば、自分たちの売上を減らす提案である。

雨宮が言った。

「自分の売上を減らしてますね」

真田が笑う。

「それ、会社として正しい?」

佐藤が答える。

「顧客の価値が増えるなら、正しいんじゃない」

「でも運ぶ量減るよ」

「だから運賃で稼がなきゃいい」

会議室が静かになった。

その一言が、羽田物流の過去と未来の間に線を引いた。

運んだ量。

倉庫面積。

人員数。

作業時間。

それらが大きいほど売上が増えるビジネス。

しかし、AIが最適化すればするほど、それらは減る。

もし自分たちが効率化によって顧客の物流量を減らすのであれば、従来の収益モデルとは矛盾する。

杉崎が言った。

「成果に対してもらうしかないですね」

「何の成果?」

「顧客に生み出した価値です」

佐藤が頷いた。

「やっと来たな」

「何がです?」

「会社の定義を変えるところまで」

その夜。

杉崎と佐藤は、本社の小会議室に残っていた。

窓の外には羽田空港の灯りが見える。

杉崎が言った。

「物流会社じゃなくなるんですかね」

佐藤は缶コーヒーを開けた。

「なんで物流会社じゃなくなるの?」

「運ばないことまで提案するから」

「それが物流じゃないって誰が決めた?」

杉崎は黙った。

佐藤が続ける。

「昔、鉄道会社は列車を走らせる会社だった」

杉崎が見る。

「駅を作った。街を作った。不動産をやった。ホテルもやった。小売もやった」

「それでも鉄道会社」

「会社って、最初にやった仕事で一生決めなくていいんだよ」

杉崎は窓の外を見る。

「でも、何でもやればいいわけじゃない」

「当たり前だ」

「じゃあ境界は?」

「お前、境界を決めつけないって書いただろ」

杉崎は笑った。

「便利に使いますね」

「でも、曖昧にするなとも書いてた」

「じゃあ、どこです?」

佐藤は少し考えた。

「顧客にどんな価値を出せるかじゃないか」

「価値?」

「運ぶことが価値なら運ぶ。運ばないことが価値なら運ばない。倉庫を作ることが価値なら作る。なくすことが価値ならなくす」

杉崎は黙った。

佐藤が言う。

「仕事の名前で会社を決めると、昔の仕事から出られないぞ」

その言葉で、杉崎の中に何かがつながった。

数週間後。

羽田物流は、新しい事業方針を正式に発表した。

物流空間設計事業。

対象は物流だけではない。

顧客の工場、倉庫、店舗、在庫、輸送、商品、ロボット、人間、道路。

物理的なモノの流れに関わるものを、一つの空間として扱う。

Astra級AI。

デジタルツイン。

物流データ。

国土データ。

Physical AI。

そして現場の経験。

それらを組み合わせ、顧客企業の物理的オペレーションを設計する。

報酬体系には成果報酬を組み込んだ。

輸送量を増やせば羽田物流が儲かるのではない。

顧客の物流価値が高まれば、羽田物流も儲かる。

インセンティブを一致させる。

真田は社内向け説明会で言った。

「うちは、荷物をたくさん運ぶことを目的にしない」

一瞬、社員の表情が変わった。

物流会社の社長が言う言葉としては異様だった。

「顧客のモノの流れを、一番良い状態にする。その結果、運ぶ量が増えるなら運ぶ。減るなら減らす」

そして続けた。

「自分たちの仕事を守るために、顧客の無駄を残す会社にはならない」

杉崎は、その言葉を聞きながら第1章を思い出していた。

かつての羽田物流は、売上を守るために採算の悪い仕事を取っていた。

今は、自分たちの売上を減らす可能性があっても、顧客の価値を増やそうとしている。

ずいぶん遠くまで来たと思った。

その夜。

杉崎はノートを開いた。

そこには、これまでの言葉が並んでいた。

採算を切る。

間接費を削る。

時間を買う。

戻さない。

人を配線にしない。

作業を渡す。責任は渡さない。

値段と価値を、混同しない。

データを貯めるな。流れをつくれ。

境界を、決めつけない。

人と機械を分けるな。役割を分けろ。

未来を当てるな。選択肢を増やせ。

杉崎は、その下に新しい一行を書いた。

仕事で会社を定義するな。生み出す価値で定義する。

ペンを置いた。

会社は、何をしているかで説明される。

運送会社。

メーカー。

小売。

銀行。

ソフトウェア会社。

コンサルティング会社。

しかし、技術が境界を越えていく時代に、その分類はどこまで意味を持つのだろうか。

物流会社がAIを使う。

ロボットを使う。

3D空間を作る。

国土データを扱う。

顧客の商品設計へ踏み込む。

在庫を減らす。

倉庫をなくす。

運ぶ量そのものを減らす。

それでも、顧客のモノの流れをより良くするのであれば、自分たちは物流の仕事をしているのかもしれない。

いや。

もしかすると、そんな名前すら必要ないのかもしれない。

杉崎はノートを閉じた。

窓の外では、首都高速をトラックが走っている。

かつて羽田物流は、あのトラックがどれだけ走るかで売上が決まる会社だった。

今は違う。

走らせるべきトラックを走らせる。

走らせなくてよいトラックは走らせない。

必要な倉庫は作る。

不要な倉庫はなくす。

人に任せるべき作業。

AIに任せるべき作業。

ロボットに任せるべき作業。

それぞれを設計する。

羽田物流が売り始めたものは、輸送でも倉庫でもAIでもなかった。

より良い流れそのものだった。

杉崎は、ふと十年前の会社を思い出した。

あの頃は、自分たちが何の会社か疑ったことなどなかった。

物流会社。

それで十分だった。

今は、その答えが分からない。

しかし、不思議と不安ではなかった。

会社が何なのか分からなくなったのではない。

何になれるのかが、広がったのである。