小説「SaaSの死」 売上はある、利益がない 改革の視点

売上があるのに、なぜ儲からないのか

会社の危機というと、多くの人はまず売上の減少を思い浮かべます。
顧客が離れる。市場が縮む。競争に負ける。もちろん、それも典型的な危機です。ですが実際には、もっと厄介な会社があります。売上はあるのに、利益がない会社です。

このタイプの会社は、外から見ると比較的安定して見えます。仕事はある。顧客もいる。現場は忙しい。売上規模も小さくない。だから本人たちも、危機を危機として認識しにくいです。問題が静かに進むのは、まさにそのためです。忙しさが危機感を覆い隠してしまいます。

では、なぜこうした会社が生まれるのでしょうか。
理由はいくつかありますが、最も典型的なのは、売上を見る文化はあるのに、採算を見る文化がないことです。

多くの会社では、営業は売上高で評価されやすいです。案件を取ってくること、顧客との関係を維持すること、取引規模を拡大すること。どれも重要です。ですが、そこで止まると、売上は作れても利益は残りません。
特に物流のような業界では、この構造が表れやすいです。売上は配送量や保管量に比例しやすい一方で、利益はそう単純ではありません。時間帯指定、当日変更、付帯作業、個別請求、特殊な運用、細かい例外処理。これらは契約書には一行でしか書かれていなくても、現場の工数と管理部門の負荷をじわじわと食い潰していきます。

問題は、こうしたコストが見えにくいことです。
直接原価だけを見れば黒字に見える案件でも、再調整の回数、請求の手間、問い合わせ対応、管理工数まで含めると、実は利益をほとんど生んでいないことがあります。しかも厄介なのは、こうした案件ほど「重要顧客」「昔からの取引」「看板案件」として扱われやすいことです。
つまり、利益を削っている案件ほど、社内で切りにくいのです。

ここで企業が陥りやすい錯覚があります。
それは、売上があることを、事業が健全である証拠だと思ってしまうことです。ですが実際には、売上は仕事量を示しているだけで、価値創出を示しているわけではありません。忙しい会社が強いとは限りません。むしろ、忙しいのに利益が出ない会社ほど危険です。なぜなら、疲弊しながら体力を失っていくからです。

この構造は、組織の中にも独特の力学を生みます。
営業は売上を守ろうとします。現場は忙しさを訴えます。管理部門は後ろでそのしわ寄せを吸収します。誰も完全には間違っていません。全員が部分的には正しい。だからこそ、全体では間違った方向に進みます。
このとき必要になるのは、「誰が悪いか」を決めることではありません。必要なのは、誰がどこで利益を失っているかを、部門横断で見えるようにすることです。

ここで初めて、データの意味が変わります。
多くの会社では、データは報告のために集められます。月次報告のため、会議資料のため、上司説明のためです。ですが本来、採算のデータは報告のためにあるのではありません。何を続け、何を変え、何をやめるかを決めるためにあります。
つまりデータは、説明の道具ではなく、選別の道具です。

この視点に立つと、営業改革も、現場改革も、システム改革も、一つの線でつながります。
採算が見えなければ、営業は売上文化から抜け出せません。
採算が見えなければ、現場の疲弊も“仕方がない”で終わります。
採算が見えなければ、管理部門がどれだけ後ろで負担を吸っているかも見えません。
そして採算が見えなければ、どれだけSaaSを入れても、会社は儲かる方向には変わらないのです。

ここで大事なのは、「採算管理をする」という言葉の意味を狭く捉えないことです。
採算管理とは、原価を細かく配賦することだけではありません。
本質は、会社が何に時間を使い、どこで手間を失い、どの顧客にどれだけ尽くし、どれだけ回収できているかを直視することです。
採算とは、数字の話であると同時に、会社の時間の使い方の話でもあります。

そして、ここまで来ると、後の話ともつながってきます。
もし会社が、本当に採算を見えるようにしたらどうなるでしょうか。
営業は「取る」だけではなく、「選ぶ」ことを迫られます。
現場は「忙しい」だけではなく、「何に忙しいのか」を問われます。
管理部門は「支える」だけではなく、「本当に必要な支え方か」を問われます。
さらにその先には、SaaSやAPIや生成AIを使って、この見える化を日常の意思決定に埋め込んでいく話が待っています。

売上があるのに儲からない会社は、無能な会社ではありません。
多くの場合、それはむしろ真面目な会社です。顧客との関係を大切にし、現場が無理を引き受け、管理部門が裏で踏ん張っている。だからこそ急には壊れません。
ですが、真面目さだけでは構造問題は解けません。
真面目に赤字案件を守り、真面目に例外処理を引き受け、真面目に手間を積み上げていけば、会社は静かに痩せていきます。

売上があることは、安心材料ではあります。
しかし、利益がないのに売上だけある状態は、会社にとってしばしば麻酔でもあります。
その麻酔が切れたとき、初めて経営は、自分たちが何を売ってきたのかではなく、何を失ってきたのかを見なければならなくなります。