小説「SaaSの死」 外部参謀 改革の視点

これから価値が上がるのは、肩書ではなく“またぐ力”です

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企業変革の現場では、昔から「誰が必要か」という問いが繰り返されてきました。
戦略に強い人、業務を知っている人、システムを分かっている人、財務に明るい人、現場に信頼される人。どれも必要です。実際、ひとつの大きな改革プロジェクトには、多様な専門性が求められます。
ですが、いま起きている変化は、その“必要な人材”の順番を少し変え始めています。

これまでの大企業型の変革では、専門家を縦に並べることで前に進める発想が強くありました。
戦略コンサルが方向性を描き、業務コンサルが業務整理を行い、SIerやITベンダーがシステム化し、ユーザー部門が運用を引き取る。役割分担としてはきれいですし、組織としても管理しやすいです。
ですが現実には、この分業のすき間に多くの問題が落ちます。戦略は美しいが現場で動かない。業務設計は丁寧だが財務に効かない。システムは導入されたが、データの流れはつながらない。現場は疲れ、管理部門は例外を吸い込み、経営は最後まで全体像を持てない。
つまり、専門性そのものが悪いのではなく、専門性が分かれすぎることで、誰も全体の詰まりを引き受けなくなるのです。

ここで価値が上がるのが、“またぐ人”です。
経営と現場をまたぐ。
業務とシステムをまたぐ。
数字と感情をまたぐ。
設計と実装をまたぐ。
部門と部門のあいだをまたぐ。
こうした人材は、従来の大企業的な人材評価では、案外きれいに位置づけられません。専門が広すぎて、逆に「何の人なのか」が分かりにくいからです。

ですが、本当に詰まっている会社では、こういう人が突然重要になります。
なぜなら、問題が一つの部門の中に閉じていないからです。
採算が悪いのは営業だけの問題ではありません。
現場が疲弊しているのは人手不足だけの問題ではありません。
DXが効かないのはシステムの問題だけではありません。
請求が遅いのは経理だけの問題ではありません。
データが見えないのはBIツールがないからだけではありません。
会社の問題はたいてい、部門の境界で膨らみます。
だから、境界をまたげる人材が必要になります。

この“またぐ人”は、しばしば組織の中で出世しにくいです。
理由は単純です。大企業では通常、部門の中で成果を上げる人、分かりやすい専門性を持つ人、組織の中で上手に位置取りできる人の方が評価されやすいからです。
一方、部門の外ばかり見ている人、現場にも経営にも口を出す人、専門を越えて動く人は、ときに「便利屋」に見られます。視野が広いことが、組織の中では曖昧さに見えることもあります。
さらに、こういう人ほど、若い頃には正論で突っ走って傷つきやすいです。組織の論理、政治の重さ、感情の扱い方を学ぶ前に、突破力だけで前へ出ようとして失敗することも少なくありません。

ですが、生成AIの時代になると、この評価構造そのものが揺らぎます。
なぜなら、AIは“単機能の知識”を補助しやすい一方で、“全体をまたいで設計し、優先順位を決め、例外と標準の境界を引き、現場と経営をつなぐ”仕事はまだ人間に残りやすいからです。
言い換えると、AIは部分最適の知識作業をかなり支援します。
しかし、会社のどこにAIを入れるべきか、どのSaaSを残し、どこをAPIでつなぎ、どこを標準に寄せ、どの抵抗を先に解くべきか、といった問いは、部門横断の実務と組織理解がないと扱えません。

ここで面白い変化が起きます。
従来であれば、大きな看板を持つ組織に属していること自体が信用になりました。大手コンサル、大手SIer、大手SaaSベンダー。そうした肩書は、変革を進めるうえで強い武器でした。
ですが、AIとAPIとSaaS標準化が前提になる時代には、その武器の一部が弱くなります。
なぜなら、変革の価値が「どれだけ大きな構想を語れるか」ではなく、どれだけ少ない人数で、どれだけ横断的に、どれだけ早く実装できるかへ移り始めるからです。

この変化のなかでは、一人会社や少数精鋭の実務家が意外な強さを持ちます。
もちろん、すべてを一人でできるわけではありません。ですが、全体像を見ながら、経営会議にも現場にも入り、数字にも業務にも触れ、必要ならAIやAPIの活用方針まで描ける人材は、巨大な組織の分業のすき間にいるより、むしろ外から入ったほうが力を発揮しやすいことがあります。
そうした人材は、かつては「器用貧乏」や「便利屋」に見られたかもしれません。ですがこれからは、むしろそうした横断性こそが価値になります。

ここで重要なのは、横断人材が“何でも屋”ではないことです。
何でも少しずつ知っているだけでは足りません。
必要なのは、会社の詰まりがどこで起きているかを見抜き、優先順位をつけて、実際に流れを作る力です。
つまり、またぐだけではなく、流れを変える力が必要です。
その意味で、外部参謀のような存在は、単なる助言者ではありません。
組織の中で見えなくなっている断絶を可視化し、経営、業務、システム、データ、感情、政治を一つの線に束ね直す役割を担います。

そして、こうした人材が重要になるほど、企業変革の意味も変わっていきます。
変革とは、立派な将来像を示すことではなくなります。
現場に入り、データを見て、例外を切り、役割を動かし、人がやっていた“つなぎ”を消していくことになります。
そのとき必要なのは、正しいスライドより、正しい順番です。
もっと言えば、正しさそのものより、正しさを組織に通すための翻訳力です。

多くの会社にとって、これからの変革はますます難しくなります。
なぜなら、SaaSとAPIと生成AIによって、変えられる範囲は広がる一方で、変えなければならない範囲もまた広がるからです。
部門内だけを変えるのでは足りません。
システムを入れるだけでも足りません。
業務だけを見直すだけでも足りません。
必要なのは、それらをまたぎながら、「この会社はこれからどんな型で仕事をするのか」を描くことです。

肩書が強い時代には、看板の大きさが安心を生みました。
ですが、会社の中身を本当に変える局面では、最後に効くのは肩書ではありません。
現場にも行けること。
数字にも触れること。
感情のもつれも理解できること。
システムを魔法だと思わず、業務と組織の癖として扱えること。
そして何より、分断されたものをまたいで、前へ進めることです。

これから価値が上がるのは、専門家がいらなくなるからではありません。
専門家だけでは届かない領域が、ますます大きくなるからです。
その領域で仕事をする人は、組織図の中では見つけにくいかもしれません。
ですが危機の時代には、そういう人が会社の重心になります。

外部参謀とは、たぶん役職ではありません。
組織の外にいるから外部なのではなく、組織の中で切れてしまった回路をつなぎ直す人だからこそ、参謀なのです。

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